ロシア語の文献 (特許) をロシア語で読んでみる

いつもの無駄に長い前置き

 王立化学会 RSC があれば日本化学会 CSJ があり、アメリカ化学会 ACS があるように、ロシアにもロシア化学会 РХО があります。PXO ではありませんよ (露語学習者特有のめんどうなラテン文字そっくりキリル文字ネタ)*1。現在は周期表の発見で著名なメンデレーエフに因んでメンデレーエフ記念ロシア化学会 Российское Химическое Общество имени Д. И. Менделеева と呼ばれているようです*2。その創立は 1868 年にまで遡ることができ、王立化学会の前身の化学協会が 1841 年創立であることを考えるとなかなかの歴史があります。

 さてまた無限に前置きが長くなりそうなのでよもやま話はそこそこに、今回はご当地言語の文献の話です。今日における科学界の共通言語は言うまでもなく英語でして、こと化学分野においては多くの学術論文が英語で書かれます (他の分野は正直わからん)。かつてはドイツ語が覇権を握っていた時代もありましたが今は昔。各国で現地語で発行されている雑誌でも多くは英語に翻訳されたものが併せて出版されており、例えば古のドイツ化学会 GDCh 会誌 Angewandte Chemie は国際版の International Edition が、ロシア語で書かれた Журнал Органической Химии すらも英語に翻訳された Russian Journal of Organic Chemistry が存在し、現地の最新の化学動向を英語で入手することができます。が、そこは勉強のためあえてロシア語文献をロシア語で読んでみようというのが今回の試み。しかも対訳付きなので答え合わせもばっちりできるという至れり尽くせりっぷりです。明日役立たないムダ知識をここに? いやいや、東欧圏の論文は結構マニアックなものがあったりして面白いかもしれませんよ (そういうことじゃない)。

 近所の大学図書館がちょうど Ж. Орг. Хим. を蔵書していたのでちょっと前なら出かけて行って複写させてもらえたのですが、N5S ウイルスによるドローン禍 感染症対策で部外者は入館がいろいろ面倒くさくなってしまったので今回はもっとさっくりネットで入手できる文献を見てみることにします。特許文献です。特許協力条約 (PCT) に基づき国際出願された特許は移行段階で現地の言語に翻訳されて各国特許庁に提出されます。つまり PCT 特許のファミリーを漁ると様々な言語に翻訳された明細書が入手できるという寸法です。まあ大体は機械翻訳でしょうが *3。ちょうどタイムリーなので *4 今回の騒動でいろいろと物議を醸したファビピラビルの物質特許から実験項を覗いてみましょう。文学系の論文を期待されていた方はごめんなさい。

本題までもう少しかかります

 ファビピラビルが論文に現れたのは 2002 年が初出 *5 のようですが、この論文のマテメゾにはファビピラビルの合成法は記載されていませんでした。当然これに先立って特許が出ているはずなのでちょちょいと調べますと 2000 年の富山化学工業の特許 WO 00/10569 に行きつきます *6。なんと全 34 ページの超コンパクトな特許です。ファビピラビルは表 2 の No. 65 の化合物で、合成法は参考例 2, 3, 4, 5 そして実施例 8 に記載されています *7。こんなちっこい分子にしてはそこそこの工程数で、小さいがゆえの苦労が偲ばれます。さらにファミリーを見てみますとお目当てのロスパテント RU 2224520 が見つかりました *8。全部のステップを追っかけているとちょっと長くなるので、ここでは最終工程の実施例 8 だけ見てみることにしましょう。

有機合成の実験項をロシア語で読む!

Пример 8(実施例 8)
В атмосфере азота в 22 мл ацетонитрила растворяют 1,51 г йодида натрия.
窒素雰囲気中、アセトニトリル 22 mL にヨウ化ナトリウム 1.51 g を溶解する。

  • растворя́ть: 溶かす、溶解する [不完]

 おや、実験項なのに現在形で書かれていますね。これは元の出願 (日本語) の時点でこうなっていたようですが、普通、実験項は過去形で書かれます (英語でもロシア語でも同じです)。動詞が 3 人称複数形なのは不定人称文だからですが、これは科学文では客観的な書き方が求められるためでして、英語では受動態に置かれます。不定人称文については、NHK 新ロシア語入門をお持ちの方は Урок 44 の文法 §3 をご参照ください。

 アセトニトリル ацетонитрил とヨウ化ナトリウム йодид натрия はいずれも生格になっていますが、これは英語の "22 mL of acetonitrile" や "1.51 g of sodium iodide" と同じですかね。物質名は基本的に英語やドイツ語をキリル文字転写したようなものなので分かりやすくていいですね。

миллилитр in cursive

 化学式はロシア語文中でもラテン文字で書かれますが、単位はここではそれぞれロシア語の миллилитр と грамм の略になっています。миллилитр ってこれ筆記体で書いたら読めなさそう……(追記: 読めなさそうだった↑)。この辺はキリル文字を使うかラテン文字を使うかというのは結構慣習によるところがあるようです。

Затем добавляют 1,10 г триметилсилилхлорида.
次いでトリメチルシリルクロリド 1.10 g を加える。

Полученный раствор перемешивают при температуре окружающей среды в течение 20 минут.
得られた溶液を室温で 20 分間撹拌する。

  • добавля́ть: 追加する [不完]
  • раство́р: 溶液
  • переме́шивать: かき混ぜる、攪拌する [不完]

 NaI + TMSCl は in situ で TMSI をつくる脱メトキシ化条件の定番ですが個人的にはあんまりうまくいった試しがありません。実験がへたくそだから……。

 室温のことを英語では room temperature とか ambient temperature とか言いますが、температура окружающей среды は後者に対応しています。окружающий も среда も周囲の環境を表すのでなんだか二重にかかっているような気もしますが慣用句なのでしょう。среда って水曜日じゃないんかいと思ったら主格のアクセントは同じでも格変化すると微妙に違うところにアクセントが移動したりしなかったりするようです。そういうのやめて……。

 течение は水の流れや時の流れや世相の流れなどなど様々な流れを表しますが、в течение ___(生格) では「___ の間に」ということで、つまりここでは 20 分間ということになります (20 は前置詞の支配で生格の двадцати になっている)。数詞が 20 なので минута は複数生格で минут ですが、あれ、そしたら 1 分間って言いたい時はどうすんの……? (Google Scholar で用例検索をしたところ в течение одной минуты あるいは単に в течение минуты となるようですがまさかロシア語で検索できるとは……)

 полученный は получить [完] の受動形容分詞過去です。化学系の論文では何らかの操作の結果として得られたものを resulting ___ のように表現することがよくあります。形容分詞については、例によって NHK テキスト Урок 47-48 をご覧ください。

Затем к нему добавляют 0,43 г 6-фтор-3-метокси-2-пиразинкарбоксамида.
次いでこれに 6-フルオロ-3-メトキシ-2-ピラジンカルボキサミド 0.43 g を加える。

Полученный раствор перемешивают при указанной выше температуре в течение 18 часов.
得られた溶液を前掲の温度で 18 時間攪拌する。

 ところでロシア語では小数点を表すのにピリオドではなくコンマを打つようです。ドイツ的!*9

 塩素はロシア語で хлор ですが、これをラテン文字表記にすると khlor なのでここでもドイツ的な香り (ドイツ語では Chlor) がします。ではフッ素はというとドイツ語では Fluor なので、ロシア語にすると фл(у)ор になるのか……? 発音紛らわしすぎるだろ……と思いましたがここでは期待を裏切り фтор と出てきました。Почему? Wikipedia 先生によるとフッ素は初め蛍石 (fluorite) にちなんで fluorine と名付けられたけれど、後にその性質からギリシア語 φθόριος (phthorios、破壊的な) 由来の phthorine が新名称として提案され、しかし定着せず結局 fluorine に戻ったという経緯があるようで *10、この定着しなかったほうの phthorine がロシア語の фтор の由来となっているようです。ひねくれもんがァ

 к + 与格の用法は、移動の目標が活動体の時に в/на + 対格の代わりに使いますよというのが教科書的な記憶ですが、つまり分子は生きている……ってコト?!

 указанный はまたしても受動分詞、выше は высокий の単一比較級、併せると以上で示された、意訳すると前掲の、となるでしょうか。前掲の温度つまり室温で 18 時間攪拌というのは要は混ぜるもん混ぜて一晩ほうっておいたということで、みんな大好きなやつです。ドラフトで反応が回っていると仕事している感が出る!(まじめにやれ)

Затем к реакционной смеси добавляют смесь 10 мл воды и 200 мл хлороформа и разделяют на слои.
次いで反応混合物に水 10 mL とクロロホルム 200 mL の混合物を加え、そして分液する。

  • смесь: 混合物 (f.)
  • разделя́ть: 分かつ、分割する [不完]
  • слой: 層 (pl. слои́)

 разделяют на слои「層と層に分かつ」というのは要するに分液することなんですが、海外では「分液」にぴったりはまる表現がないようで例えば英語でも separated into two layers とか the organic layer was separated のように表されます。日本語って便利!

Полученный органический слой промывают последовательно 5% водным раствором тиосульфата натрия и насыщенным водным раствором хлорида натрия, и сушат над безводным сульфатом магния.
得られた有機層を順次 5% チオ硫酸ナトリウム水溶液と飽和食塩水で洗浄し、そして無水硫酸マグネシウム上で乾燥する。

  • промыва́ть: 洗浄する [不完]
  • после́довательно: 順次、逐次
  • насы́щенный: 飽和した
  • суши́ть: 乾燥する [不完]

 водный раствор が水溶液なら безводный は無水のもの (無水塩や無水溶媒) を指します。ここでいう無水とは物理的に anhydrous なものを示しているので、定番のやつですが酸無水物のほうの無水酢酸を表す化学的な「無水」にはもちろん безводный は使いません *11。ここでは試薬の名前を造格にすることで、洗浄・乾燥するための手段・道具としてこの試薬を用いる、という表現になっています。名詞の造格は NHK テキスト Урок 14 §2 です。

Растворитель отгоняют при пониженном давлении.
溶媒を減圧下で留去する。

  • раствори́тель: 溶媒 (m.)
  • отгоня́ть: 留去する; 取り除く、追い払う [不完]

 отгонять はあんまり普通の用例がないですが化学用語的には英語の distill off に相当するようです (一般的には dispel のほう)。пониженный はまた受動分詞 (понизить: 弱める [完])、やはり科学文では性質上多用されるのかもしれませんね。

Полученный остаток очищают хроматографией на колонке (элюент - гексан : этилацетат = 2 : 1) с получением 0,06 г 6-фтор-3-гидрокси-2-пиразинкарбоксамида.
得られた残渣をカラムクロマトグラフィー (溶離液 - ヘキサン : 酢酸エチル = 2 : 1) で精製して、 6-フルオロ-3-ヒドロキシ-2-ピラジンカルボキサミド 0.06 g を得る。

  • оста́ток: 残渣
  • очища́ть: 精製する [不完]

 ヘキサン (hexane) はロシア語では гексан です。ギクサーン!*12 ロシア語ではラテン文字の h の音を г に転写していたためしばしばこのような表記になっており、ヒドロキシ (hydroxy) は гидрокси だし、横浜は Йокогама です (現在は Йокохама と書かれることもあるようだ)。ウクライナ語みたいに ґ を残しておけばこんなことにはならなかったのに……。

 хроматография на колонке は直訳だと「カラム中でのクロマトグラフィー」のような感じですかね。で、ふたたび手段を表す名詞の造格なので хроматографией です。カラムクロマトグラフィーについてはいくつか表記があるようで колоночная хроматография という記載もありました。ややこしいですが хроматографическая колонка はカラムクロマトに使うカラムそのもの (ガラス管) のことです。

 с получением は с + 造格の用法で、これで to obtain みたいな意味になるようですが、辞書引いてもなんか当てはまるやつがないような気がしてよくわかりませんでした。

 ところで化合物の名前を付けるときはアルファベット順に置換基を並べるという決まりが一応あります。英語で fluoro は頭文字が methoxy と hydroxy のどちらよりも ABC 順で先に来るため、原料でも生成物でも fluoro が名前の最初に来ています。一方、ロシア語では фтор の ф は АБВ 順では後のほうで、метокси よりも гидрокси よりも後になります。この場合、ロシア語の化合物名は厳密には 3-гидрокси-6-фтор-2-пиразинкарбоксамид のようにならねばならないのか……?!*13


ИК (KBr) см-1: (略)
ЯМР (CDCl3): 5,40-7,80 (2H, м), 8,31 (1H, д, J = 7,82 Гц), 12,33 (1H, с)

 分析データはキリル文字ラテン文字が入り乱れてなまらわやなのですが、合成屋が見ればなぜか迷わず読めてしまうという不思議。ИК は инфракрасная (спектроскопия) つまり赤外分光法のことで、執行委員会 исполнительный комитет ではないので安心してください (辞典にはそっちしか載っていない……)。KBr は臭化カリウムラテン文字で書かれていますがその次の см-1 は再びキリル文字で сантиметр になっています。

 NMR はさらにカオスで、まず ЯМР は ядерный магнитный резонанс 核磁気共鳴でなんとなく左右対称っぽくてかっこいいですがそれはどうでもいいとして、最初の化学シフトに添えられた 2H, м はキリル文字の м (мультиплет: 多重線) があるので隣もキリル文字で Н (エヌ) かと思いきやこれはラテン文字の H (エイチ)、まあこれは水素原子のシグナル強度を表しているので hydrogen の H で当然我々は瞬時に理解するわけですが知らん人が見たら混乱するやろな……。そして次の化学シフトでは 1H, д, J = 7,82 Гц となっていますが、水素の積分値が 1H 分、д は дублет: 二重線、その次はロシア語文中ではひときわ異彩を放つ *14 J 結合定数の J、そして Гц は Hz とラテン→キリル→ラテン→キリルのジェットストリームアタックが襲います。最後の 1H, с は、もちろん синглет: 一重線の с ですね。ちなみに他の実験項では ДМСО-d6 との記載もありましたが、これもなかなかに味わい深い……。

長っ!!!

 長ーい脚の нога ではないですが (露語学習者特有のくそシャレ単語記憶法)、実験項の分量的にチラ見で理解できるかなと思ったら予想以上のボリュームになってしまいました、文章をきちんと丁寧に追っていくのは大変ですね。いわんや仕事で翻訳をするプロの人の苦労たるや……。ともかくこれで化学系のロシア語文献の実験項は簡単に読めるようになりましたね! みなさんもぜひ異国の文献の解読に精を出して週末を無用につぶしてみてください。ではまた! 現実逃避してないで検定の勉強をしろ

*1:あえてラテン文字転写すると RKhO になるかと思いますが、まあ使っている人はいないようです。さもありなん。

*2:というかメンデレーエフは創立メンバーの一人のようだ。РХО のサイトは こちら から。もちろん全ロシア語で英語版サイトなんてありませんよという漢気あふれる仕様です。

*3:ちなみに特許中の文章は機械翻訳の精度を向上させる工夫として (具体的に言えば何回エキサイト翻訳を繰り返しても文の意味が変化していってしまわないように) 独特の言い回しがされることがあります。こうした言い回しは正直あんまり格調高くないので格好良くなくて気に入らないことも多々あるのですが、まあ格好良さよりきちんと権利が取れるかどうかのほうが大事なので仕方ないですね、お金がかかっているので。

*4:というにはいささか旬は過ぎましたがちょうど良さそうな題材があんまり思いつかず……10 年前だったらオセルタミビルとかでしょうか。

*5:Furuta et al. "In Vitro and In Vivo Activities of Anti-Influenza Virus Compound T-705" Antimicrob. Agents Chemother. 2002, 46, 977. DOI: 10.1128/AAC.46.4.977-981.2002

*6:Furuta et al. "Nitrogenous Heterocyclic Carboxamide Derivatives or Salts Thereof and Antiviral Agents Containing Both", WO 00/10569; "Азотсодержащие Гетероциклические Производные Карбоксамида или Их Соли и Противовирусные Средства, Включающие Их", RU 2224520

*7:試験例ではこの No. 65 が添加濃度 1 μg/mL で特許記載の試験化合物中もっとも高いインフルエンザウイルス抑制率を示した旨の記載がある。

*8:ちなみに種別コードは C2 で、登録査定つまりロシア国内における特許権が認められているようです。特許文献をざっくり分けると、このように特許として認められた範囲の内容を公開する登録公報と、出願人が特許出願を行った内容を示す公開公報があります。出願したすべての事柄が特許として認められる場合もありますし、一部のみが認められる場合もありますし、いちミリも認められない場合もあります。ここでひとつ重要なことは、特許文献は多くの雑誌論文と違って査読プロセスがないということです。特許審査官は先行技術 (世の中にすでに知られている技術) に対する新規性 (今までになかった技術か) や進歩性 (既存の技術から安易に類推できる技術ではないか)、あるいは産業上の利用可能性 (その技術が何かの役に立つのか) は審査するかもしれませんが、その技術が科学的に妥当かどうかの検証や学術的評価はしません (審査官はもちろん科学に関する知識を持っていますが論文の査読とは違うので)。つまり自然法則に反しない限り (「永久機関に関する発明」のような特許は認められない決まりになっています) 鉛筆を舐めたデータが記載されている可能性もないわけではないわけで、記載内容にはそれなりに注意を払う必要があります。まあそれっぽく書いてあったら査読でチェックされようがされまいがデータ操作されてても分からないかもしれませんが……研究は性善説で成り立っているので……Emma, just make up an elemental analysis... 全力で脱線しまくってますが研究不正に興味がある方は限りなくリアルに近いフィクション小説 Pernille Rørth "RAW DATA: A Novel on Life in Science", Springer, 2016; ペルニール・ロース 著、日向やよい 訳「ロー・データ」羊土社 (2020) をご一読ください。しんどすぎて百万回泣きました。

*9:ツァイスのレンズって小数点はコンマだよなという連想ですが、調べたらフランス式というようで欧州ではこの表記が主流のようです。

*10:ほんとかなと思ったら英語版 Wikipedia では出典をきちんと引いている、えらいえらすぎる!
Banks, R. E. "Isolation of flourine by Moissan: setting the scene" J. Fluor. Chem. 1986, 33, 3. DOI: 10.1016/S0022-1139(00)85269-0

*11:безводная уксусная кислота は水で希釈されていない氷酢酸 ледяная уксусная кислота のことで、無水酢酸 acetic anhydride に対応するのは уксусный ангидрид

*12:IPA (ロシア式には МФА): [ɡʲɪˈksan] ウクライナ語の IPA (УФ) は見つかりませんでしたが е が硬母音なのと併せるとウクライナ語ではおそらく [ɦeˈksan] ヘクサーン のようになるはずです。

*13:特許ではそういう修正をしていると無限に金がかかってしゃーないので、矛盾なく構造が導かれる名前であればよく、しょうもない細かいところにはかなり無頓着なところがある。ちなみにこの矛盾なく構造が導かれる名前なら良いとするのは IUPAC 命名法的な考え方ですが、CAS 名の場合はこれは許されず一つの物質にただ一つの名前だけを対応させることが求められます。そんな堅いこと言わないでと思われるかもしれませんが、これは今のようにパソコンで簡単にデータベースを作成したり参照したりできるより前の時代に分厚い Chemical Abstracts の索引を何冊も何冊も引かなくても済むように配慮されたためですね。

*14:追記:これ書いているときは J なんていかにもラテン文字らしいラテン文字だと思っていましたがキリル文字にもれっきとした南スラヴ系の Ј があるそうで、セルビア語などで使われるようです。セルビア語は口蓋化音を表すのに軟音記号を単体で使わず子音側に組み込んだ合字を使うため Љ (Л+Ь) や Њ (Н+Ь) 等の魅力あふれる文字が(略)